令和5年度 COC+R事業 取組レポート
2024.03.21
COC+R事業から見えてきた成果と課題 〜学生の視点から~
令和5年度COC+R全国シンポジウムでのパネルディスカッション①では、COC+R事業を実施している4つの大学から、プログラムに参加した学生に1人ずつパネリストとして登場してもらいました。どのプログラムの影響が大きかったかの感想を聞き、それらから因子を抽出して因果モデルに当てはめ、今後の課題に繋げる新しい試みです。「地元就職」という出口に対し、大学入学前〜入学・プログラム受講前〜プログラム受講後〜現在の4段階での意識をグラフ化。どの因子の影響でそうなったかを発表し、担当教員からのコメントをもらいました。「何となく都会へ就職」といった将来のビジョンがどう変化したかをご覧ください。
徳島大学 総合科学部社会総合科学科 鶴本 雄大さん(2年)
<入学後の就職意向の変遷>
インターン先の地域と関わり貢献したい
鶴本雄大さんは徳島県生まれの地元入学です。漠然とした都会への憧れを持っていました。その一方で地方創生にも興味を持っていたと振り返ります。入学前の思考や感情を見てみると、「魅力的な企業は都会に多い」「地元就職なら役所」といった当時の思いが並びます。入学後は「せっかくだから地元企業を知りたい」という思いが浮上してきました。そしてプログラムを受講した際、エクスターンシップや実戦型インターンシップで魅力的な地元企業とそこで働く人たちを知りました。同時に、自分が社会で何をしたいかを意識し始めます。現在は、地域就職の意向が強くなり、インターン先の地域と関わりを持ち、貢献したいという意識へと変わっていきました。
<地域就職意向に影響を与えた因子>
「自己成長」を醸成した実践型インターンシップ
それまで徳島の企業は大手の1〜2社しか知らなかった鶴本さん。エクスターンシップによって地元の魅力ある企業と触れ合いました。「影響中」の因子に当たります。そして実践型インターンシップに参加した企業の所在地は、琵琶湖ほどの広さの地域に7,000人の人が暮らしていて、年々どんどん人口が減っています。平安末期からの伝統ある村落が消えていくかもしれません。これはまずいと、地域課題を解決する提案も行いました。そこから「貢献したい」意識が芽生えてきました。「影響大」の因子としてこの実践型インターンシップを挙げています。「1000人の職場より100人の職場の方が、働く人の目や声が力強い。それはイキイキと働いているから」と発表しました。
教員から(徳島大学 人と地域共創センター 特任准教授 川崎修良氏)
徳島大学のプログラム「実践型インターンシップ」では、社会人と学生とが一つのチームを組んで、実際の経営課題・地域課題の解決に資する具体的な成果の達成を目指す半年間のプロジェクトに挑戦します。鶴本さんは企業の社員がパートナーとなる「経営課題型」と地域おこし協力隊がパートナーとなる「地域課題型」の2種類に、1年次・2年次にそれぞれ参加し、2つのプロジェクトに挑戦しました。こうしたプログラムへの参加は、将来のキャリアを積む場としての「職場」や「地域」を、ぼんやりとしたイメージとしてではなく、実際に現場で成果を出すことの大変さを体感した上で、貢献する自身をイメージする視点が身につくと考えます。
鶴本さんは、こうしたプログラムの持つ因子として影響大なのは「やりたくなる(自己成長)」と回答していますが、成長した学生が「行きたくなる」「住みたくなる」ためには、やりたくなったことができる職場の環境・居住の環境が企業や地域に整うことが必要となるでしょう。そのためにはプログラムの中で学生の成長を大学と企業・地域が一緒に担っていくことで、企業・地域側も学生の成長や志向の変化を観察し、成長した若者に選択してもらえるような魅力や地域生活の向上を考えてもらうことが重要ではないでしょうか。こうした「受け入れ側の成長」の視点を大学・企業・自治体等に加えて、プログラムを受講する学生にも共有し、成長する受け入れ先を選ぶ意識を持った学生を育てることが、結果的に学生が定着する(=成長する)地域を作る取り組みとなると考えています。
信州大学 人文学部 木口屋 和人さん(3年)
<入学後の就職意向の変遷>
長野県の魅力を実感し地元就職へ傾く
東京都出身で山歩きが好きな木口屋さんは、豊かな自然に憧れて信州大学を選びました。しかし入学前も入学後も、就職先は東京の方が選択肢が多く、やはり戻るのだろうと思っていたと言います。一方で地域活性化システムや地域へ出て行くイベントには積極的に参加して、長野県が持つ自然の魅力に惹かれていきました。そしてENGINEプログラムの受講、「大しごとーく」を通じ、今まで知らなかった地元企業に触れ、実はたくさんの選択肢があることに気付きました。地域企業でのインターンシップも体験して、気持ちは長野県での就職へ傾いてきました。現在は「地域って面白い」という思いのもと、もっと深く入っていこうと考えています。
<地域就職意向に影響を与えた因子>
元気な地域には元気な人が集まる
「信州大学は地域の受けが良い」と言う木口屋さん。「インターン中はその看板を使わせてもらっていた」そうです。インターンシップは辰野町のまちづくり会社で行い、駅前のシャッター街を活性化して面白くしていく様子に触れました。アーティストを呼ぶなど、自分たちが遊びたい町にしていくスタンスに魅力感じたと言います。プログラムの役目のひとつは、1・2年生に地域との関わり方を教えることがあります。木口屋さんも大学からアドバイスをもらい、自分から出て行って地域の元気さや面白さを実感しました。従って、「影響大」の因子は、「行きたくなる魅力」「やりたくなる自己成長」「住みたくなる地域生活」です。元気な地域には元気な人が集まり、東京に比べてスモールスタートが踏み出せるのが魅力と語りました。
教員から(信州大学 キャリア教育サポートセンター 副センター長 講師:勝亦達夫氏)
プログラムを通じ、地域や企業を「比較」して魅力を感じることが重要
木口屋さんは、1年生の頃から、活動に積極的な学生でした。大好きな山登りのサークルに入り信州の山や自然の魅力を体感し、さらに身近な地域での活動に主体的に参加していきました。プログラムのカリキュラムの一つである企業と学生の交流企「大しごーくin信州」では、実行委員長を務め、最前線で企業の方々と協働していました。そこでの大変な体験が、自己成長を押し上げ、その後の地域での活動のきっかけとなってくれていれば、嬉しい限りです。コメントや感想を聞いていると、「住みたくなる地域生活」まで考えが深まっていくには、地域や企業、住まい方や暮らしを「比較」することにあるのだと思います。木口屋さんは、東京の暮らしは元々知っていて、それと地域での生活を「比較」して、地域の方に魅力を感じたのではないかと考察します。多くの学生が、都市との比較がきちんとできないまま、憧れと未知から都市での就職を希望している側面があるとすれば、都市との比較もして見せることが、プログラムでは必要なのではないかと考えました。加えて、都市の若者が地域で本プログラムのような「比較」経験をすると、人材が地方/地域に還流する動きも、起こしていけるのではないと思いました。その比較においては、地域企業もより「魅力」を学生に伝えていくことが必要になることも、重要な要因になると感じました。
また、現在のプログラムでは、出口の設計、高まった魅力や関心を繋げる手段や機会を構築しきれていないのが現状です。ここは、大学だけでなく、地域・企業とも協働してどのような場が必要なのを、考えていかねばなりません。それは、ただ労働条件が良いということではなく、会社のビジョンと直結し学生自身が「やりたくなる自己成長」ができる機会として、仕事を想像できることが大事なのだと考察しました。
山梨県立大学 国際政策学部 遠藤 美湖さん(3年)
<入学後の就職意向の変遷>
山梨のポテンシャルを発見しつつも揺れる現在
山梨県出身で、地元の県立大学へ進学した遠藤さんは、小さい頃から英会話教室に通った経験を持ち、何となく海外に出たり都会への憧れがありました。大学入学後にデザインに興味を持つようになり、やはりそれなら山梨よりも都会の方がデザイン系の就職先が多いだろうと思ったといいます。そしてプログラムを受講し、地元企業や地場産業に触れるうちに、山梨のポテンシャルに気付きました。地域企業への就職意向がここで上がります。しかし現在は、都会や海外で最先端に触れたり経験したりという意向も強まり、やや揺れ戻しがあるという状態です。春から1年間休学して中国への留学が決まっていますので、戻ってきてから都会か地元か、再び考えることになりそうです。
<地域就職意向に影響を与えた因子>
地域資源の豊かさとコミュニティの濃さを認識
遠藤さんに影響を大きく与えた因子は「コンピテンシー」のグローバルマインドとスキル、そしてアイデア競争実践、「自己成長」のアントレプレナープログラムでの学び等のプログラムでした。起業キャンプでは徹夜でビジネスプランを立案し、コミュニティが狭いゆえに人と人との縁で繫がりが広がっていくことを実感しました。また、「地域生活」のローカルデザイン実践演習では、言葉もあまり通じない県内在住外国人と身体表現のワークショップを実践し、山梨にいても外国と繋がることができると認識。そして山梨が持つ地域資源の豊かさとも相まって、地元就職への可能性を感じさせたと言います。
教員から(山梨県立大学 地域人材養成センター長 教授:杉山歩 氏)
遠藤さんは今年海外留学をすることが内定しており、現在は外向きの指向が強くなっていますが、これ自体はとてもポジティブな傾向だと考えています。彼女自身は本人も強く自覚していますが、地元の大学に進学した事で、金銭面や時間面での自由が生まれ、そのアドバンテージを最大限活かすことで海外留学への道筋を作ることができました。地元を離れての進学では生活費のためのアルバイト、また休学を伴う海外留学ではアパートの退去など越えるべきハードルが多数あり、地元進学ではこれらが無い事は大きなメリットです。地元で生活する事で、勉学や自身のキャリアと向き合う姿勢が大きく成長したものと考えます。今後、自身のキャリア選択で地元と海外を共に見つめ自身の力を最大限発揮出来るキャリア選択を出来るものと確信しています。
また、因子について遠藤さんが強く影響を受けた科目群を見ますと、チャレンジ系の科目やイベントが多く並んでいます。これには2つの要因が考えられます。1つ目は今回COC+Rで実施するPentas Yamanashiの科目が「実践知」をキーワードとしており、実践の場が多く用意されて、自身の力を発揮する機会が多くあった事。2つ目はアントレプレナー養成プログラムによりコースワークとして起業・創業に関わる講義科目を用意している事です。これらの経験から地域の課題と向き合い、自身が行動を起こすことを経験する事で、この地域で自分が社会的に足跡を残している、貢献出来ているといった心理的影響が県内就職へ大きく影響しているものと考えられます。さらに、これらの経験の中で培ってきたコミュニティや人間関係も彼女自身の大きな財産であり、これら学生時代に蓄えてきた社会関係資本を有効に活用出来るという環境も県内就職への後押しとなるものと考えられます。
遠藤さんの成長や今の葛藤をみると、人生100年時代を迎えるにあたり、短期的・数値的な利得よりも自身の成長を大切にしているZ世代的な生き方を感じます。自身が挑戦出来る環境、自身の力を発揮しやすいコミュニティを持てる地域を彼女たちは選択するものと強く実感します。
岡山県立大学 情報系工学研究科 藤野 真尚さん(大学院1年)
<入学後の就職意向の変遷>
地方と都会、2つの魅力の間で悩み中
山口県の山陰側の地域出身で、都会への憧れを抱いていた藤野さん。情報系の専攻のため、ソフトウェア開発企業の多い都会での就職を検討していました。しかし東京や大阪などへ実際に行ったとき、都会にあるものは実はどこにでもあると気付いたのがきっかけで地域企業寄りの気持ちが芽生えました。プログラムでは創造戦略プロジェクトを受講。岡山の化学メーカーで工場のデジタル化推進に取り組み、地元でも自分のやりたい業務はできると認識しました。そこで地元就職意向は上がりましたが、その後都会に本社のある企業のインターンシップに参加し、地方と都会の働き方両方に魅力を感じてしまったため、その狭間で悩んでいる状態です。
<地域就職意向に影響を与えた因子>
地方へ傾くも、専門人材への不安が
藤野さんが「影響大」として挙げた因子は「魅力」「コンピテンシー」「自己成長」共に創造戦略プロジェクトです。言われたことだけではなく、それに自分がやりたいことをプラスαできたり相談しやすかったりする社風に魅力を感じました。コンピテンシーの面では、企業自体がまだ解決できていない課題に取り組むことができ、より社員の懐に入り込めるインターンシップになったと言います。こういった取組を通じ、地域企業への就職もありかと藤野さんは思いました。その反面、地方メーカーは電子情報系の人材が少ないので、入社しても自分は何ができるのかが不安に。やはり専門知識を持った人材の多い都会の方が良いかもしれないとも思ったそうです。
教員から(岡山県立大学 「吉備の杜」推進室長 教授:末岡浩治氏)
藤野さんは、岡山県立大学大学院情報系工学研究科に所属して自らの修士論文研究に取り組むとともに、副専攻「吉備の杜」において創造戦略プロジェクト<ICT>を履修しました。岡山県内の、自らの専門とは大きく異なる樹脂・化学品・繊維等製品の製造・販売を行うメーカーにおいて、20日間、課題解決型のテーマである「官能検査インライン化検証」に取り組みました。成果報告会での発表も優れたものでした。地域企業におけるこのような課題解決を経験したことによって、就職の可能性も視野に入れて地域企業のことをよく知ることができた点について、有意義な履修であったと評価します。藤野さんは、地方メーカーには電子情報系の人材が少ないという点が不安のようですが、そのようなことはありません。電子情報系の大手企業の場合、技術の細分化が進んでおり、技術開発や製品開発の全体像を描ける人は逆に少なくなっています。一方、地域企業では、固有の技術や製品に特化していることもあって、製品開発の全体に関わることができます。このような点に魅力を感じて、新卒で都会の大手企業に就職しても、その後、地域企業へ転職する人は多くなっています。この授業を通じて、地域企業および地域の良さを認識できたと思うので、それを踏まえてキャリア設計をしてください。また、専門性のみならず、副専攻「吉備の杜」で学んだ教養もしっかりと身に付けて、社会の変化に柔軟に対応できる人材へと成長してほしいと思っています。
就職意向を可視化して見えてきた因子
4人の学生パネリストは、それぞれCOC+Rで実践的な事業プログラムを体験してきました。それらを振り返るのに、因果モデルの「x」因子を洗い出して分析する手法はとても効果的であることが分かったパネルディスカッションです。地元企業の魅力や優位点、大学で受けられるプログラム、地域生活の豊かさなどが影響力の強い因子として浮かび上がりました。地域の企業について今まで以上に知る機会を増やしていけば、連動して高影響力の因子となっていく可能性も示唆されます。
また、4人の学生それぞれの出身や生活環境が就職意向の変遷にも影響を与えていることも興味深い部分です。プログラムの出口が地元就職と設定されていても、都会や海外での就職を選ぶ学生も多いでしょう。しかし、それぞれの発表や教員のコメントでも触れているように、外での就業経験を経た上で再び戻ってくる可能性は高いという予測もできます。あるいは、関係人口として関わり続ける場合もあります。COC+Rの最終年度では、これらの因子がどう変化し、どう出口に影響を及ぼすかが注目されます。