3県域、そして大学・企業・地域の「繫がり」が、ENGINEプログラムの自走化を加速する──信州大学キャリア教育サポートセンター・勝亦達夫氏に聞く

2023.03.30

2021年4月から本格スタートを果たしている、「ENGINEプログラム」。COC+Rにおける信州大学の取組事業で、富山大学、金沢大学も加わった3大学の連繋が大きな特徴です。2023年に入った時点でどういうことが行われてきて、どんな成果があったか、これからの出口戦略、最終的な「自走化」に向けてのビジョンを、信州大学キャリア教育サポートセンターの勝亦達夫氏にうかがいました。

人材の好循環を実現するためのKGIを決定

COC+Rの幹事校でもある信州大学。事業としてスタートしたのは、富山大学、金沢大学を加えての「ENGINEプログラム」です。3県にまたがる人材育成には、当初から大きな注目が集まっていました。2年経った今、この広域事業の進捗はどうなのでしょうか。

「ENGINEプログラムでは、KGI*を設定しています。3大学で議論し、社会的な意義をどう生み出しているかを測るためです。社会への影響、企業変革への寄与、大学の体質変化という3つの視点から設定しました」

と勝亦氏。社会への影響は「ソーシャル・インパクト」と言い換えることができ、それは企業の人材確保のために大学と手を組んで人材を育成、そして自分が学んだ大学への愛着や貢献意欲も増進させることで、大学そのものの変革にも結び付くというもの。それぞれが連繋し合い、好循環へ繋げていくことが期待されています。

「3大学でやっていて面白いと思ったのは、それぞれの県域で事情が違うため、同じ課題でも考え方の違いが表れてくることですね」

勝亦氏は、「地域のトップリーダーを繋ぐ」という協働授業科目を例に取って語ります。3大学をオンラインで繋ぎ、観光・食・インフラ・交通に関わる企業から講師を招いて課題提示してもらう内容。1年生を中心としたリテラシー強化フェーズでは、まず各地域の違いを体験できる授業です。そしてそれを入口として、具体的な企業や地域キャリア形成、実践力強化フェーズのPBL**やインターンシップに繋げていきます。

*KGI:Key Goal Indicatorの略で、「経営目標達成指標」と訳される。企業の経営戦略やビジネス戦略を達成するために何をもって成果(ゴール)とみなすのかとする指標のこと。

**PBL: Project Based Learningの略。日本語では「問題解決型学習」「課題解決型学習」などと訳される勉強法。学生が自ら問題を見つけ、さらにその問題を自ら解決するのが特徴。

3県域で連繋した地域企業を知る機会とインターンシップ

ENGINEプログラムの中で大きな存在が、キャリア形成イベント「大しごとーく」や「しごとーく」です。

「企業と学生の対話の機会を持つことで知る機会を創出しようと、もともと長野県内で信州大学を会場に開催していたのですが、3大学連携事業の元、令和4年度は富山大学でも行いました。金沢大学では『マドゴシフェア』という同様のイベントを開催しています。いずれも、3大学の学生は互いのイベントに参加できるので、地元以外の企業と出会う機会が大きく広がりました」

学生だけでなく企業も別の県の企画に出展ができるので、さらなる相乗効果が生まれることになります。

もうひとつ、3大学連携の効果として実践力強化フェーズの「ENGINEインターンシップ」があります。3年生を対象とした実践型のインターンシップで、令和3年度から開発はプレ実施で行われました。

「このインターンシップには3つのタイプがあります。Type-Aは通常の企業受け入れ型の枠組み、Type-Bはこれも既存の連携枠を活用した地域課題解決型、そしてType-Cとして3地域横断のチームを組んで地域課題を連携して考えるというものです。Type-Cは、三県域を跨いで行い、地域基幹産業に関わる4つをテーマにしたインターンシップを実施します。令和5年度からは、これを正課の授業として実装します」

勝亦氏によると、期間は全部で10日間、金沢大学〜富山大学〜信州大学と回っていき、この3地域でフィールドワークを行います。これには企業がメンターとして付いており、オンラインや対面でのアドバイスをしながらアウトプットまで寄り添うのだそう。チーム構成は各大学からの混成で、「連繋」の最たる成果となるでしょう。

「3県域ではまず距離が離れていますのでそこが苦労するポイントですが、短い時間の中でも合宿をしてアウトプットの場をしっかり設けるなど密度の濃い取り組み方をしています。学生が主体的に動き課題を発見し、企業は成長の伴走支援として随時適切な指示、助言をすることで、企業と学生の連繋が回を重ねるごとにレベルアップしてきています」

こうした地域・企業との関係の高密化によって、ENGINEプログラムの「出口」である地域・企業への関心の向上や愛着の増進が大いに進むでしょう。3県域全体での活性化を図ること、それがこの事業の根幹と言えるからです。

評価に「ルーブリック」を活用して成長を実感

「ENGINEインターンシップ」では、その評価指標に企業が期待する変革人材が備えるの能力指標から設定した「ルーブリック」を採用しています。これはENGINEプログラムにおいて、学生と大学、そして地域・企業が学修到達点を共有し判断するための評価基準として定めました。(図1参照)。

「この考えをENGINEインターンシップの参加者に当てはめるため、企業と一緒に8つの評価項目を定め共有しました。つまり、今まではそれぞれの主観で評価コメントしていたものを、共通の指標として設定し、かつ学生自身に到達点を定めてもらうことでそれを、3者で実施後に評価するというもので、これは他にない特徴だと思います。インターンシップ後に自分はどうなったかのアンケートを取ることで、事前事後を把握したのですが、「とても成長した」と答えた(実感した)学生が多く、中でも現状を把握する力、目的を設定する力、挑み続ける力が伸びたという回答が目立ちます(図2参照)」

チームで行ったこともあって他者に対する自分を客観視する機会も多く、それに関する項目(役割を果たす力)もポイントを伸ばしています。

図1
図2

学びの証としての修了証には「オープンバッジ」を活用し、学び続ける仕掛けに

ENGINEプログラムを修了した学生には、3大学の連名でサーティフィケート(修了証)を発行します。指定された単位がきちんと取れていることを前提として、「どんな人材として成長できたか」、ルーブリックのスコア、そして大学教員に加え、企業からのコメントを修了証の裏に記載する予定です。

さらに、オープンバッジ*によるデジタル証明書も発行したいと考えているそう。

「NFTと同じく改ざんができないので、これを読み取ると先の評価が閲覧でき、履歴書に付けておくことでどんな学びや評価をしたかを可視化したいと考えています。この称号を持っている人が、その後活躍したらさらにそのバッジ自体の価値が上がりますから、ENGINEプログラムの修了者の評価向上に繋がっていくわけです。よって最初から価値があるものを作るのではなく、価値を学生、企業、大学が連繋して共創するものでもあります」

ENGINEプログラムの評価の仕方や尺度を定着させるのも、ひとつの大きな目標であり成果です。「単なる修了書に終わらず、社会で価値のあるスキルとして自信を持って見せられるように、その人自身が成長し続ける、価値を高め続けることにもなれば」と勝亦氏は語りました。

*オープンバッジ:知識・スキル・経験をデジタル証明するシステム。ブロックチェーン技術を取り入れており、偽造・改ざんは不可能。信頼性の高い証明書として注目されている。

人材への投資として捉えてもらう、それが自走化のエンジン

さて、ENGINEプログラムに限らず、COC+Rの各事業には「プログラムの自走化」という課題があります。事業終了後、補助金の給付が終わった後でもそれが自立(自律)して回っていくために、どのような方策を確立するかが問われているわけです。これに対してENGINEプログラムでは「企業にとっての投資」という切り口を検討しています。

「『寄付』ではなく、『投資』として捉えていただくのが理想です。投資であれば、回収=リターンが付いてきます。企業にとってのメリットを提供することがリターンで、それは人材であり、情報・機会・環境・コミュニケーションなどの構築であると思っています。それにまつわる出資と捉えていただけることが、自走化に繋がっていくと考えていきます」

3県域の連携を実施するためには、それら3県をまたがる移動やコストも発生します。先に述べた合宿やフィールドワークにも費用がかかってきます。これらの出費に対して寄付を募るのではなく、それに関わる立場として出資していただく。大しごとーくで交流したり、授業を担ってもらったりが繋がって最終的に定着というような、普段からの連繫の延長線上で回っていくのが一番いいのではないかというのが持論です。

「大学のプログラムに関わる企業に対して、『こういうメリットがあるので一緒にやりませんか』とメニュー化したアプローチが求められています。カタチを整えながら、最終的な着地点を決め込んでいっています」

それには、大学にプログラム生、修了生、企業や社会人が関われる連繋組織が必要だと勝亦氏は語ります。

理想は、大学という場で企業と学生が繋がること

支援組織として期待されるのは同窓会ですが、ENGINEプログラムで構想しているのは、企業や受講学生に加えてこのプログラムを修了した人たちによる人的資産・ネットワークです。

「県域を超えてプログラムやインターンシップを行うためには、包括的な協力関係が必要です。プログラム受講生には連繋組織である「円陣」メンバーとして登録してもらうようにします。これは企業、大学、3県によるENGINEコンソーシアムの構成組織で、そのまま修了後、そして卒業後も繋がり続ける仕組みを構想しています。卒業後も繋がり続ける、大学を拠り所できるような場になれば、さらにリカレントプログラムに対して有効活用できるというメリットも生まれますし、社会人となったOB/OGがコーディネーターやメンターとして企業や大学を繋いで、両輪のように回してくれれば、インターンシップ受け入れや協業としての新たな連繫、そして出口企業としてもますます拡大していくのではないでしょうか」

現時点では構想段階ですが、3県にまたがる広域事業を回していくためには、必ず必要となってくるのがこういった卒業後も関われるコミュニティ化。これにより定着を見据えた、新たなマッチング機会の創出にも繋がっていくわけです。

勝亦氏は、「大学内に、企業がもっと気軽に行き来できる環境や機会を創りたい」と語ります。「学生が運営するカフェで、学生の困り事を企業が相談に乗ったり、ENGINEプログラムやしごとーくが主体的かつ自主的に運営されたり、3大学の学生が対面やオンラインを駆使して基幹産業の課題やPBLに取り組むラボのようにキャンパスが活用されるなど、そんな場ができないかと考えています」

学生が地域や大学、分野の枠を超えて対話や議論している場所に大学や企業が絡み、新しいアイデアが生まれたり繫がりが育っていく──それが推進力となり、自走化が実現していくことを目指しています。ENGINEプログラムの視界がかなり良好であることは、間違いないようです。