社会人になる直前の教養教育が、学生や企業にもたらすもの──「吉備の杜」創造戦略プロジェクト

2023.03.30

岡山県立大学がCOC+R事業として推進しているのが「『吉備の杜』創造戦略プロジェクト」。岡山県内の産業と学部構成をマッチングした分野で、地方創生を担う人材を育てるというものです。それらを実施していく上で打ち出しているのが、「高年次教養教育プログラム」と「協働実践型PBL演習プログラム」。人材輩出という目標のために、こういった試みがどう働いているか、プロジェクトの推進責任者である末岡浩治副学長にお話を伺いました。

高年次教養科目はなぜ必要だったのか

「吉備の杜」創造戦略プロジェクトの履修にあたって、大きな特長の一つは「高年次教養教育プログラム」です。教養科目は大学に入学した低年次、つまり1・2年次に履修するのが一般的です。その後、学部専門課程、さらに大学院へ移行していきます。これに対して、末岡副学長は「社会に出る段階で、教養がほとんど身に付いていない」と感じていました。「1・2年次で履修した教養科目の内容は、専門課程の間に抜け落ちてしまっている」という思いです。確かにそれらを欠いたまま就職すると、社会とのギャップに直面してしまいます。これを補強するため「吉備の杜」創造戦略プロジェクトが打ち出した施策が、高年次教養科目のカリキュラムです。

「学年が進み、大学院へ進学し、専門性を深めていくことで自分のキャリアが形成されるという気持ちになっていきます。自分の好きな分野ですから当然ですけれど、そこに気付かないことが問題でした。高年次教養科目を学んで社会に出れば、そのギャップは埋まるのではと考えました」

高年次教養科目のカリキュラム誕生には、実は企業側からの声も影響していました。

興味の関心が狭い──企業側も感じていたこと

「企業の方から、『社会人としての教養や知識を身に付けた学生を送り出してほしい』と要望を受けていました」と末岡副学長は続けます。企業へのアンケートからも「コミュニケーション力が足りていない」という意見がありました。

「もう少し紐解くと、学生が持っている興味の幅が非常に狭いことだと思います。専門性を深めていくとそのようになりがちですが、専門性だけで仕事ができるわけではない。いろいろな人とチームを作ったり連携したりする力も必要になってきます。もっと幅広い興味を持ってほしい、いろいろなことを知っていてほしい。それがコミュニケーション力を強くし広げることに繋がるはずです」

COC+R事業の実施大学関係者の間で「当事者意識」「主体性」という言葉がよく登場します。高年次教養科目では、これらを向上させる狙いも大きいのではないでしょうか。

「クロスセクション」が大きな意味を持つ

「吉備の杜」創造戦略プロジェクトでは、高年次教養教育「大学院クロスセクション科目」を実施しています。大学院生の他、自治体や企業からの社会人受講生も加わり、まさに立場がクロスした環境です。スタートした令和3年度、この科目数は6科目でした。令和5年度には、これが13科目と大幅に増え、「研究科クロスセクション科目」に改新します(図1)。

「スタート時から改善したのは、科目を3つの科目群に分けたことです。『創造的思考力養成』『課題解決力養成』『スキル養成』科目群から成り、社会から求められるカテゴリーをカバーしています。科目が増える効果として、この科目を学べば自分はこういう力が付くということが分かりやすくなります」

今、企業や大学でも力を入れ始めている「デザイン思考」のカリキュラムも、しっかりと盛り込まれているとのこと。これらをまんべんなく履修すると「創造戦略プロデューサー」という称号を得ることができます。総合的な知識とスキルを持ち、創造性や人間力も備えた人材というお墨付きです。企業が求める「教養」は、これで満たせることとなります。

「『スキル養成』はデータ分析やライティングなど実技を身に付ける科目なので、分かりやすい性格を持っています。これに対して『創造的思考力養成』『課題解決力養成』は評価が難しい側面があります。しかしこれらは社会人として活躍するための必須の要素であると確信しているので、ここに入れました」

社会人の学び直しとも密接な繋がりを

学生と社会人が混在しているクロスセクション。社会人講座としての側面も持っており、「吉備の杜」創造戦略プロジェクトの知名度が上がるにつれて社会人受講生は増加し、令和3年度の47名から令和4年度は83名に増加しました。

「両者が同じ場でグループワークやディスカッションをすることで、互いの考え方や受け止め方が違うことに気付き、視野が広がる」と末岡副学長。「レポートを課す授業が多いのですが、受講直後から比べるとはるかにいいレポートになってきています。関わっている多くの教員はそれを実感しているはず」と、成果の一端を語ってくれました。

受講生の中には社員教育の一環として参加している人も多いそう。

「皆なとても熱心で、レポートの質も高いですね。彼らは、学び直しということに刺激を受けています。若手社員が『この分野を身に付ければもっと仕事はうまく行く』ということがわかるのでしょうね」

学生にとっては、社会人に出ていきなり知識やスキルを求められるより、社会との垣根を学びながら徐々に低くしていく「グラデーション」のような環境を、このクロスセクションで得ることができます。

新しい創造を生む企業との接点「協働実践型PBL演習」

「吉備の杜」創造戦略プロジェクトのもうひとつの目玉が「PBL*演習」。企業が直面している現場の課題を、若手社員と学生・院生で組んだチームによって解決するプログラムです。学生が、自分の専攻が社会でどのように役立つかについて、実際の課題解決を通じて理解することを目的としています。企業が学生と一緒に課題を解決した好例があるとのこと。

「デザイン学研究科の院生が、建設用機械に貼る製品名を記した『銘板』製作のプログラムを開発しました。それまで1人の担当者がAdobe Illustratorを使用して作っていたのですが、これをブラウザにフォーム入力するだけで誰でも製作できるようにしたのです。属人化していた作業を、ICTの活用で解決しました。使い勝手がよく、成果報告会でも非常に好評でした。建設機械メーカーに、違う領域の人材を投入して新たな創造を生んだわけです(図2)」

PBL演習は大学院生と4年生が行っていますが、企業にとっては大学院生との接点が生まれたと捉えられています。

「今までは学卒中心の採用だった企業に、PBL演習で院生が来てくれる。そこへさらに指導教員とも繫がりができるわけです。ゆくゆくは共同研究にも発展していくという期待も持てます。企業の方では、受け入れるための体制づくりが必要になりますが、自分の会社を知ってもらう機会が増える、社員の新しい気付きにもなるというメリットは見逃せないでしょう」

PBL演習をきっかけにして、産学協働の動きが活発になり、好循環が生まれることが期待されています。

*PBL:Project Based Learningの略。日本語では「問題解決型学習」「課題解決型学習」と訳される学習法。学修者が自ら問題を発見し、それを自らで解決する能力を身に付ける。

「協力会」という心強い存在

岡山県立大学には、「岡山県立大学協力会」という団体があります。県内60社の企業が参加していて、「吉備の杜」創造戦略プロジェクトなどの事業にも全面的に協力してくれる存在です。学生と企業との接点を増やすことにも尽力しており、3月には合同で就職説明会を開催し、県内企業の紹介に取り組んでいます。

「寄附講座を作ってもらうのが、本当はベストです。運営費のほか、実務経験のある教員もまかなってもらい、学内に部屋を構える。研究テーマを決め、最終的には就職まで見通してスタートする。本学の規模だと実現の道のりは長いかもしれませんが」

その課題を乗り越えれば、後で述べる自走化にも繋がってきます。

比較的ものづくり産業が多い岡山県。製造技術は十分に持っているけれど、研究開発部門が足りないとも言われています。

「各社優秀な学生の採用意向は強いと思っています。大学と協働して研究を進め、かつ人材も登用できるとなれば、寄附講座は一種の投資として位置付けられます」と、末岡副学長。数多く並んだPBL演習のテーマを俯瞰していると、連携から生まれる実績はこれからどんどん増えていくのではと感じます。

企業のベネフィットを明確化するのが自走のポイント

COC+Rの最終目標は、各大学が実施した事業の自走化です。文部科学省としての事業終了後、各大学で資金面の調達も行うというもの。

「実はCOC+Rが始まる時、岡山県立大学は自走化を一番考えてない大学だ、と文科省に言われました」と末岡副学長は笑います。はじめから自走化を睨むよりまずできることを頑張って、残り2年ぐらいになってから考えようという、沖陽子学長の考えでスタートを切ったそうです。そして2年が経った今、末岡副学長は「教養教育のカリキュラムを学部から大学院まで繋げ、一本の太い骨格を作ることが必要とわかってきました。現在、学部の教養教育は共通教育部という部門が行っています。教養教育を大学院まで繋げるには、共通教育部と学部の協力が必須となりますが、その重要性を理解してもらえればうまくいくと思います」と話します。

さらに、企業側がメリットを感じることも必要です。このプロジェクトによってどんな優秀な人材が採用できるか、どれだけ地域に価値を提供し続けられるか。こういった学生の教育が、金銭的な面も含め自社にもたらすベネフィットを実感できれば、サポートの可能性は強まります。同時に、経営者の認識も大きな影響を持っています。プロジェクトの重要性を認識してもらえるプログラムを作り、説得して巻き込んでいくことです。

「先ほども言ったように、企業と大学の共同研究に繋がる寄附講座を提供していただくのも一つ。それから、岡山県立大学協力会に動いてもらうこともポイントです。先生方が個別にお付き合いしてきた県内企業から成り立っていますので、このプロジェクトの重要性もよく分かっています。学外履修として利用してもらったり、外部講師を派遣してもらったり、うまく接続していくことができると思います」

こういったネットワークはこの2年間で強化してきたもの。残りの期間はリソースを活かし、カリキュラムを充実させ、ベネフィットを訴求することで、未来図はより明確になることでしょう。