「吉備の杜」2年経過、中間地点での生育具合は?──「吉備の杜」創造戦略プロジェクト 社会連携が新たな学びのステージのトビラをひらく──シンポジウムレポート

2023.03.30

岡山県立大学が責任校として開講している事業「吉備の杜」創造戦略プロジェクト。令和3年にスタートして2年が経過しました。ちょうど中間地点となる令和5年2月22日、岡山市の山陽新聞社さん太ホールにて「吉備の杜シンポジウム2023」が開催されました。テーマは、「社会連携が新たな学びのステージのトビラをひらく」。「ジローさんの迫熱教室」を主宰する中澤二朗氏が基調講演を行い、同プロジェクトを履修した学生と社会人それぞれが登壇して「対話(ダイアログ)」を実施。協働実践型PBL演習や高年次教養教育プログラムの体験や成果、これからの課題について発言し意見を交換しました。会場への有人参加の他、ライブ配信も行われました。

【開会あいさつ】

「吉備の杜」創造戦略プロジェクトメンバーシップ委員長 岡山県立大学学長
沖 陽子氏

本事業への協力機関はこの2年間で18から25機関に増えました。企業からは、PBL演習参加企業数が40、テーマは59のオファーがあり、徐々に浸透し共感を集めていることを実感します。COC+Rに対する文部科学省からの中間評価は、全国の4事業ともすべてAをいただきましたが、本事業ではまだまだ足りない所もあります。それを伸ばしていくことが課題です。

岡山県知事
伊原木隆太氏

このプロジェクトでは、志のある学生さんが専門外の分野にもチャレンジするなど、大変頼もしく思っています。また、100名を超える社会人にも受講していただいたことはとても有意義です。今日はこの杜を育んできた皆さんの生の声を聞く、貴重な機会だと思います。(ビデオメッセージ)

文部科学省 リカレント教育・民間教育室長
西明夫氏

COCとして始まり、10年目を迎えました。中でも「吉備の杜」創造戦略プロジェクトは、専門分野だけではなく自ら考えるリベラルアーツの教育が特長だと思います。これは多くの効果を生む意欲的な取組です。地域のために何ができるかを考えてもらえれば幸いです。中間評価の際、学生と意見交換をしましたが、おおむね高い評価でした。更に充実していくことを期待します。(リモートによるメッセージ)

【中間報告・ロゴマークお披露目】

次に、「吉備の杜」創造戦略プロジェクト事業責任者である末岡浩治副学長が登壇し、ここまでの中間報告を行いました。まずはプロジェクトの概要説明の後、教育プログラムの実施状況を説明しました。令和3年度は、大学院生3名が「創造戦略プロデューサー」の称号を受けました。そして、次年度からの改善への取組として、高年次学生への教養教育プログラム名を「研究科クロスセクション」に改名し、6科目から13科目へ増やすことで、バランスよく学ぶことができるようにしました。そして運営する側として、PDCAを廻しながら事業の品質向上に取り組んでいくとともに、「吉備の杜」推進室ミーティングなどで問題点を審議検討し、修正していくと述べました。

次は、デザイン学研究科造形デザイン学専攻1年の小河原佳織氏によるロゴマークの発表です。デザインに当たって学生などにヒアリングを実施しました。事業の内容や仕組みがちょっと複雑で難しいという声を受け、内容が分かりやすく伝わるようなデザインを考えました。そして親しみやすく岡山との親和性もあるマーク完成に至ったということです。

【基調講演】
木を見て、森を見て、大地を見ず──「ジローさんの迫熱教室」主宰 中澤二朗氏

鉄鋼メーカーとしての「大地」は何か

私は現在の日本製鉄で労働部の職務給管理、人事を担当してきました。製鉄会社は、日本の基幹産業を支えてきた業種です。入社当時、それが社会貢献に繋がることまでは理解していませんでしたが、仕事を覚えるにつれ鉄の供給が途絶えると日本の社会が崩壊することを知りました。その後3.11を経験し改めて「大地」の重要さに気付いたのです。私がいまお話ししている「大地の上に森があり、その上に木がある」構図はそこから来ました。世の中を支えているのは大地で、鉄鋼の場合は製造現場の人たちです。なぜ働くのか、それはやはり幸せになるためです。社員の幸せをつくり上げていくために、人事担当者としてその一人ひとりと向き合ってきました。

唯一「就社」型の働き方、日本

雇用慣習というものがあります。企業に勤めるのか、特定の職業を行うのか。前者は就社(メンバーシップ型)、後者は就職(ジョブ型)と分けられます。この雇用慣習が、働くことの「大地」となります。ちなみにメンバーシップ型を採っているのは世界で日本だけです。そして今、日本でも求められる人材像の論争があります。大学では世界の流れであるジョブ型の人材を育成して送り出す役割を担っています。しかし受け入れ側の企業はメンバーシップ型です。どの部署でも対応できる人材を採りたいがためです。これはきっちりと議論すべき問題で、日本の雇用は今までの人の流れでは守り切れません。世界の流れの中で見る必要があります。

「交差」合体教育のすすめ

働くということを構成する3つの能力があります。「人間力」「コンピテンシー」「知識・スキル」です。大地となるのは人間力、それを土台として成果を発揮する行動特性(コンピテンシー)があり、その上で専門性を発揮して実りを得る構造となります。大切なのはコンピテンシーです。行動力のある人は、言葉の中で動詞を多用します。そして明日を切り拓く力を発揮していきます。それには企業・大学・学生が交差することが重要です。企業人には学びのインターンシップが、学生は仕事のインターンシップがあります。大学で企業人に講義をする、企業で学生に企業研修をするという「交差」合体教育です。キャンパスの中に「社会」が出現して、異なる属性の人たちと議論、交差する場は、今の仕組みを見直すきっかけになるでしょう。

解くべき課題に向き合う

産業の発展で、どんなものを得てどんなものを失ってきたかを考えてみます。すると、ものの豊かさより心の豊かさを大切にしたいという気持ちが強くなります。では、そういった人間らしい生き方ができる大地とは何でしょうか。SDGsの議論はそれに立って進めるべきです。また、人間らしくない生き方が生まれたのはなぜかも考える必要があります。マックス・ウェーバーに「資本主義は鉄の檻と化すであろう」という言葉がありますが、価値観を転換してポスト産業社会に移るために、「生活者」を大地と捉えることから始めます。利潤から一度離れて、生活者目線から産業社会を望んでみることです。それが解くべき課題と考えます。

人づくりと実践に向けて

日本は人口も多くお金もあり、広い経済水域を持っています。では、そこにないものは何でしょうか? 私は「人を活かす力」だと思っています。自分の力を100%発揮できていないのであれば、人の力を借りればいい。いかに他人の力を借りられるかが重要です。自分で課題を持った上で人の力を借りるわけです。そして、上司と学び合う。福沢諭吉は「無目的な学問をしなさい」と言っています。課題がはっきりしたものはその課題にしか通用しませんが無目的な学問は、大地を耕す働きがあります。

おカネと仕事を通して得られる幸せが、職業観を形成します。「やるべきこと」を「やりたいこと」に変えるには、学習でしっかりと身に付けることです。「木を見て、森を見て、大地も見る」これが結論です。

【対話(ダイアログ) その1】
吉備の杜で描く、新しい社会連携のカタチって?

ファシリテーター:佐藤洋一郎(「吉備の杜」推進室 室長)
コメンテーター:中澤二朗氏
パネリスト:永原琢朗氏 キミセ醤油株式会社 代表取締役社長
石原洋之氏 株式会社システムズナカシマ システム本部ソリューション開発部 参事
池田千明 岡山県立大学大学院 保健福祉学研究科 栄養学専攻1年
北山晃生 岡山県立大学大学院 情報系工学研究科 システム工学専攻1年

対話その1では、PBL演習を実施した大学院生と受け入れた企業の担当者が、実際に何を行い、どのような成果があったかを、パネルディスカッション形式で対話・意見交換をしました。

佐藤:「吉備の杜」創造戦略プロジェクトのPBL演習の目玉は学びの17日間の長期インターンシップです。組織レベルでの社会連携教育の始まりと言っていいでしょう。どうしてこのテーマにしたか、内容と学びの成果は何だったでしょうか。また、迎え入れた企業側からの感想も聞かせてください。

池田:キミセ醤油さんで、前半後半2つのテーマを実施しました。前半は梅の商品開発です。市場を調べ、アイデアを出し、試作と試食を重ね完成させました。ターゲット層、そして商品化レベルへ上げるため情報収集力の必要性を実感しました。後半は、紅麹菌の凍結保存方法です。自分の研究分野とは違うので、一から勉強してアプローチしました。企業の中で働くことは成果を求められ、これが学生の研究との違いだとわかりました。専門外の社員と研究し学ぶには自分から働きかけ、たくさん質問して討論することが大切です。

永原:難しいテーマを掲げ、成果が出れば学生のお手柄という気持ちで臨みました。お客さまの声と学生のアイデアを融合すると、毎年面白い化学反応が起きるのではないでしょうか。当社にいる栄養学を修めたスタッフたちと毎朝ミーティングをしていたのですが、開発の難しさやダイナミズムを体感してもらったと思います。プロジェクトに学生を巻き込むと、社内が活気づきますし、想像しないようなアイデアが出てきました。専門性の高い学生さんの素晴らしさを発見できました。岡山で、こういった雇用ができる企業が増えていけばいいと思います。

北山:システムズナカシマで、人工知能を用いた監視カメラから自動で人を検出する技術を手がけました。どこに人が写っているかをAIが検出し、工場内のヒヤリハットを防ぐための技術です。結果として、高精度で人を検出する技術開発ができました。企業での研究は、何が便利になるかを明確にする必要があり、新しさを優先する大学との違いを体験できました。異なる領域の研究開発ができ、理解が深まったと思います。プログラミング能力、AI実装に欠かせないスキルも得られました。どんな技術でどう課題を解決するかのプロセスを実感したので、これからの研究生活に活かしていきたいです。

石原:技術力だけではなく、課題解決力が身に付いたという点を評価しました。新しいアプローチを考えるなどして前に進みました。やはりほしいのはそういうことができる人材です。また、会社では入社2〜3年の若い社員が指導しますが彼らのスキルアップにもなり、挑戦する意欲も養えます。大学とはビジネスマインドや実践キャリア体験の協力関係も確立してきており、情報交換ができたり学ばせてもらうことも多いです。

中澤氏のコメント:自分の専門を活かすだけではなく、専門外の話を聞くことも必要です。それは学生も企業も同じ。それを意識しながら続けていくといい結果になると思います。また、誰がどんな便利なものを作るかという具体的ミッションがあることも大事です。地域の学生を入れるというのはいい刺激になり、そこに価値が生まれる。価値を変えるための起爆剤になるのが学生です。

【対話(ダイアログ) その2】
吉備の杜が創る、「いきる力」を学び合う場とは?

ファシリテーター:末岡浩治 (「吉備の杜」創造戦略プロジェクト事業責任者)
コメンテーター:中澤二朗氏
パネリスト:梶谷俊介氏 創造戦略アドバイザー(岡山トヨタ自動車株式会社 代表取締役社長)
林健太郎氏:株式会社中国銀行 西宮支店□支店長
直原亮徳氏:株式会社トマト銀行 コンサルティング営業部 部長代理
平田和幸氏:岡山県 総務部総務学事課 学事班□副参事
山中一希:岡山県立大学大学院 情報系工学研究科 システム工学専攻1年

対話その2は、高年次教養教育プログラムを受講した大学院生と社会人による対話・意見交換です。

末岡:大学院生向けのクロスセクションは、人間的に成長した段階でもう一度教養教育を受けてもらおうと始めました。また、社会人のリカレント、リスキリング教育の側面もあります。仕事の幅がさらに広がることを期待しています。人それぞれ教養の意味や意義は違いますが、学生と社会人の対話を通じて考えてみることも有益だと思います。

梶谷:これからの社会は、異質な要素を受け入れ活かすという観点が必要です。違いを認め合い、自分の強い所でお役に立ち、弱い所を助けてもらう。社会の中で嫌な人がいても、自分の見方を変えれば重要な人になるかもしれません。それには先人の知恵や古典に学び、人と出会い、学び合うこと。先輩が若い人から学ぶことも大切です。あと2年経った以降も続けるため、もっと評価を高め企業がお金を出してくれる価値のあるものにしていければと思っております。

平田:自治体の職員も数多く履修しています。リスキリング、リカレント教育の定義は民間企業と自治体ではニュアンスが違うかもしれませんが、その重要性はどちらにも共通することだと思います。我々は業務を通じて地域を見ることが多いのですが、地域の実情に応じて業務を進めていくことの大切さを実感しています。年齢層や業務に関わりなく、これからも多くの方に受講していただきたいと思います。

山中:大学院クロスセクションをすべて受講しました。幅広い知識を得られますが、レポートはかなり大変でした。学部生の時は教養科目に対して人ごとでしたが、自分から知識を求めることも多くなり、学ぶ意味がわかってきました。学生だけで議論すると同じような意見なので停滞しますが、社会人は新しい視点を持たれていますので、新たな議論が生まれるのがいいと思いました。

林:地域社会を学ぶ授業が多く、知っているつもりだった岡山を改めて知ることができました。あまり難しく考えず、ワクワクしていないと長続きしないのが持論です。面白そうだなと感じたら第一歩を踏み出せばいいと思います。オンデマンドで、通勤時間に授業を受けられるのもよかったです。「やらされ感」もなくできたとまわりに話しているので、来期は中国銀行からの受講生が増えるのではないでしょうか。

直原:「地域資源学」、「時事と歴史を読む」の2科目受講しました。自分の考えを述べる機会が多く、他の人の考えを知ることもできました。環境が変化する中、自分から気付いて学ばないと身に付きません。地域企業が何を求めているのかを明らかにし、それに大学が応えることがこの講座のポイントです。令和4年度は社長以下28名が受講しました。学びを楽しみながら今何を求められているか、何をしたいかを考えています。

中澤氏のコメント:社会人が受講して発表することの新鮮さに驚きを感じました。受講した人たちの言葉に力があるのが印象深い。「知りたい」「役に立ちたい」の「たい」で話をしていくと属性が消え、時代のいろいろな課題に応えられます。それが多様性を越えるという一番の方法。徹底して交差、重ね合わせられる場を作るために、学生が仲間を集めて企業に提言していけばいい。交差とは持っているものを3倍にもしてくれるテコになります。

【閉会の挨拶】
山陽新聞社監査役 江草明彦氏

岡山県は転出超過が過去10年で最多です。その8割が20代。議論しても答えらしい答えは出てきませんが、人生をトータルで考えて岡山に住むことで人生が豊かになると知ってもらうことが大切です。地域企業と大学が合体して地域課題を議論、解決に向かって行く中で、カオスが生まれる社会が必要ではないでしょうか。