「外」の人たちの存在が、壁を壊す手助けとなる──魅力的な地域企業産業の創出に向け、「地域中核大学」が乗り越える「壁」と「壊し方」

産業界と大学との連携を推し進めている「産学連携学会」の、第21回大会が2023年6月12日(月)、13日(火)に、高知市にて開催されました。「地域の特色ある活動の活発化」「地域の特性・資源に基づく産学連携システムの構築」を目的の中に掲げる同学会。その研究成果・実施報告・シンポジウムなどをプログラムに組み込んだ大会は、全国各都市を会場として開催されてきました。COC+Rとも高い親和性を持つ同大会にて、オーガナイズドセッションとして信州大学の林靖人副学長、同矢野俊介特任教授が登壇しました。テーマは「魅力的な地域企業産業の創出に向け、「地域中核大学」が乗り越える「壁」と「壊し方」」。COC+R後の自走化も含め、地域大学発の事業立ち上げと継続にも触れています。

オーガナイズドセッション開催日:2023年6月13日(火)15時〜
高知会館(高知市) Aホール

<登壇者>
田中雅紀氏:地域経済活性化支援機構(REVIC)マネージングディレクター/高知の産学連携キャピタル代表取締役

矢野俊介氏:信州大学 キャリア教育・サポートセンター 特任教授

オーガナイザー:林靖人氏 信州大学副学長

地方創生の中心にあるのが、「地域の中核大学」──林氏

大学は地方創生の核

国立大学の基本的役割として、「地方創生の中核として、地域産業界と連携し、多様な社会課題に対応する」という項目が、国立大学協会の第3期中期目標の中に掲げられています。私たちがここで言っている「中核大学」は、地域産業界の相方としての存在なのです。今日のセッションでは、「研究開発」「学びと教育」を2本の軸として考えていきます。どちらにしても大学の存在と関わってきますが、前者は基礎研究と実践研究から成っています。これらが持っていたミッションが拡大してきているのが、現在の状況です。後者の学びの軸としては、自発性を習慣付けることから始まり、高校との接続連携、社会人とVUCA教育、アントレプレナーの育成まで連動していくことを目指します。こういった要素が大学の機能として入ってきています。また、大学入学前から卒業後の同窓グループまでを人材として活かす「エンロールマネジメント」の取組も進めています。

財務管理のスキル不足が壁

研究開発した技術でプロトタイプを作るまでは従来からやっていましたが、産学の連携事業においてはそれを商品にまで変えていくところまで大学は関わらなくてはなりません。そしてベンチャー立ち上げまで結び付けていくわけですが、大学では「価格」に対していまだにとても曖昧です。産業界との共同研究の段階からそれはあり、研究費の他に、経費見積から精算まで内部で完結できない悩みがあります。こういった経営感覚やスキルを持った人間が自然発生的に生まれてくるのは稀なので、きちんと育成をしなければなりません。大学内部もなかなか組織化されておらず、これが「壁」のひとつになっている。ならば外から見た場合はどうかというのが今日のテーマです。内側から外に向かって壁を壊す努力は何か、そして外からの力はどう働くか。魅力的な地域産業に対し、大学が地方創生として関わろうと思った時、何をどうできるか。その観点から2人にお話をうかがいます。

地方大学に潜む金塊を見つけビジネスに──田中氏

地域金融機関を支援するために44億のファンド

私がマネージングディレクターを務める地域経済活性化支援機構(REVIC)は、地方創生を目的とした政府系ファンドとなります。地域の金融機関等と連携し、地域企業の再生を支援する役割を担っていました。その後、投資によるプロジェクト支援が始まり、やがてファンドを立ち上げて運用する方向性に変わり、トータルで44億円のファンドになりました。REVICはこのような取組を通じ、様々な形態で地域経済活性化モデルをいくつも作り上げています。当社のメンバーは、そのナレッジを活用して、大学とのベンチャー立ち上げにも取り組んでいます。例えば鳥取県・島根県の地方銀行と組んで上場企業を作ろうという試みもあり、大学と一緒にバイオベンチャーを立ち上げました。新しい会社を作ることは雇用創出にもつながりますし、うまくいけばその地域を勃興することもできます。現時点で大学ファンドは、鳥取県・島根県の他、徳島県と高知県でも実施、4つの県で50億円超を運用しています。

地方大学の研究は「盗掘されていないピラミッド」

はじめは投資に値するベンチャーはほとんどなかったのですが、地方大学を回ってみると信じられないくらい魅力的な研究があることがわかりました。イメージとしては「盗掘されていないピラミッド」です。例えば、ハーバード大学で研究していたけれど組織から辛く当たられてしまった研究者。島根に来てみたら他にそういう研究や技術を持った存在がいないから権利を独占できているとか。あるいは高知では納豆のネバネバ(ポリ-γ-グルタミン酸)でプラスチックを生化学分解できる技術を発見した先生がいます。さらに、ある素材を塗ると少しだけ光り始めるLEDを研究している先生もいます。そういった研究を聞いて「それならこんなことができるのでは」という議論を1年くらいかけて、会社立ち上げにつなげていきます。その先は株式上場、さらに会社のユニコーン化も視野に入れています。

不足しているのは研究以外のスキル

事業の立上げの話を詰めていくと、大学には例えば財務三表(「賃借対照表」「損益計算書」「キャッシュ・フロー計算書」)を作ったことのある人が非常に少ないことが分かります。従って、当社のメンバーは研究以外の必要なものを提供して、先生と一緒に共同経営者するスタイルです。日本の株式市場で上場すると時価総額は100億円ほどになりますから、やはり上場を目指せる案件を仕込んだら経費や資金繰り、バランスシートをしっかり作ってファンドに、という流れが必要です。仮に10億円運用して20億円の収益があれば、プラスになった10億円を一部配当、後は株主に分配してそれを寄付するというモデルとなります。しかし、こういった財務に関するスキルを持ち事業化までもってゆく人材は大学の中には多くいないので、先生の言葉をビジネスの言葉に翻訳・通訳し、事業化を支援するのが我々の役割です。この役割を大学の中でイニシアチブを取って行えるようになるとさらに良好に展開できるのではないでしょうか。

社会人の実践型リカレント教育で都市部中核人材を地方企業にマッチング──矢野氏

社会人の実践型リカレント教育と企業マッチング

信州大学のキャリア教育・サポートセンターで学生の地方創生人材育成プログラムの構築を務めるほか、別の会社で社会人の実践型リカレント教育プログラムの企画・運営にも関わっています。この実践型リカレント教育プログラムは、魅力的な地域企業・産業を作り地方創生に貢献するために必要な取組として、2018年度に信州大学で中小企業庁の委託事業(実証実験)としてスタートしました。地域での新しいチャレンジを望む人材と地域中小企業をマッチングし、まずは6カ月間地方に住み大学の客員研究員として、マッチング先企業で週4回働きながら、大学で週1回学んでもらいます。企業では経営課題を解決する実務を行いながら、大学では企業の経営課題を題材としたゼミや講義を受講し、未来を見据えた経営課題解決プラン作成とその実行を経営者・社員と共に推進します。

このプログラム参加者の多くは大都市部企業の中核人材とし活躍しながら、次にチャレンジしたいことを探している人たちです。現在は金沢大学、富山大学、福井県立大学にも信州大と同様なプログラムを展開し、これまでの受講者約80名、6か月間プログラム終了後、その企業と7割~8割が役員、社員、または業務委託契約を継続して経営課題解決に携わっていいます。

地域に密着したコンソーシアムなど

プログラムを運営するにあたって、各地域で大学だけではく行政機関、金融機関、民間企業等でコンソーシアムを作っていますが、長野県ではJリーグのクラブも加盟しています。スポンサー企業の収益向上がスポンサー料にも好影響を及ぼすからです。地域貢献という、Jリーグの目標にも合致しています。また、信州大学発のシンクタンクNPO法人もあって、短期的な利益より地域に自分たちがどれだけ貢献できるかを求める価値として、参加してもらっています。他の地域でも新たに参加しやすい形を取っています。福井県立大学では、補助金は一切無しで企業からの資金提供だけで1年目から自走化を実現しました。

ビジネスのスキームとして

リカレント教育はビジネスとしてのスキームになっていて、地域企業が6か月間の費用支払う建付けとなっています。具体的に言うと客員研究員に対して業務委託契約料として30万円をいただいているほか、加えてコンソーシアムに運営費をお支払い頂いています。そして半年最終的に人材がマッチングした場合は成功報酬(人材紹介マッチングとして)も別途頂戴することになります。つまり、運営側でいうと、キャッシュポイントを2つ作り、事業が持続的に運営される(自走化)ようなっています。

学生の「出口」確保としてのCOC+R自走化──矢野氏

出口は学生・社会人の地元就職

もう一つ私が信州大学で関わっているのが、COC+Rです。その出口戦略は、学生や社会人の地元就職ですが、それを通して大学は地域で何を協力しなければいけないかが見えてきました。まず、受け入れる地域企業を魅力的にすること。入りたいと思われなければ、外に出て行ってしまいます。どうやって魅力的にしていくかを、企業と大学が絡みながら一緒に考えていかなければなりません。大学自体は地域における知の中心にいます。ワンウェイではなく企業と一緒に作っていく場として大学を活用することが重要です。

インターンシップでの社員側の気づき

学生が企業へインターンシップに行き、そこで得たものによって成長していくというパターンは多く見られますが、結局企業の一部しか見ていないことも非常に感じています。これも、ワンウェイではなく関わるためにどうするか。やはり共創の学びということを忘れない方策が必要であると考えています。

インターンシップの学生を受け入れる側の企業で、社員が「自分もこんなにキラキラしていた時代があった」という気付きを得られたという報告も目にしました。学生が鏡のようになり、自分のことを気付かされることも多いようです。学生が媒介者となることで社員に当事者意識が芽生える効果もあります。

自走化を進めるための枠組みと人

令和6年度に、COC+Rの共同事業は終了します。その後の「自走化」をどう進めるかが目下の課題です。そのために枠組みを考えていく必要があります。変化しつつ新しい企業とつながり、新しいものを生む。そんな絵を描いたときに、参加する企業の動機が少ないことが問題です。変革マインドを持った経営者が少ないことに加え、やはり大学の敷居が高く感じられています。これらが「壁」だと思います。

壁の壊し方、その手段を探る

未盗掘ピラミッドの発見と活用──田中氏

まだ手付かずの価値が眠っている「未盗掘のピラミッド」は、民間のベンチャーキャピタルには見つけられないと思っています。上場時の時価総額100億円という絵が描けない限り投資行為は発生しませんし、事業化までの前工程である半年から1年は人件費が入らないからです。しかし我々はそれを突き詰めて「世界制覇」のような絵を描くところまでいきます。その時大学の先生には「上場という目標や、銀行への責任を負った状態ですが本当にやりますか」と聞きます。「やる」と言ったらポケットからポンとおカネを出す。当社の社員がすべてコミットしているから「できる」と言ったらやります。もちろんその逆もあります。大事なのはビジネスの構想図がこちら側にあること。研究成果の商品化を実現するのは我々の仕事です。

ただ、こういう話を大学側にしても9割の先生はピンと来ません。研究予算は欲しいがベンチャーや世界制覇をやりたいわけではないと。しかし残りの10%の先生は、自分ごととして捉えてくれます。海外勤務経験や身近な研究者の成功例を知っていて、売上や購入者のイメージを伝えるとすぐにわかってくれる筋のいい先生たちです。

結局は「ヒト」どうやって見つけるか──矢野氏

事業は人を起点としてつくらないと難しいと思っています。スケールを求めたり自走化しようと思ったりした時、人が動いても崩れない枠組みは必要です。しかし、結局人は必要で、支えてくれるキーパーソンがつなぎに行くことが前提のチームや組織であるのは大前提です。その上で、何を根拠に私が人を見つけるかは「匂い」です。自分との相性も大いにありますが、「上に聞いてみないと」ではなく「こういうことをやりたい。上と交渉したいので手伝ってほしい」と言われるとこちらもやる気になります。それから、こちらの提案に対する反応をもらえる相手です。

例えば林先生のところに私が緩い事業構想書を持っていった時、「大学に置き換えるとこういうことが生まれる」とまるで「変換キー」を押したように変換された答えが返ってきました。起点の人が何をしたいか、ご一緒するなら共感できる人と、というのが人を見つける手段です。ワークショップやシンポジウム等には、目的が明確な場合には出かけて行きます。そこで気になった人には後日質問メールを送ったりもします。情報発信をきちんとしている、窓口がはっきり分かる、そんな見せ方をしているならドアを叩きやすいのではないでしょうか。

大学の機能強化は「外」の存在あってこそ──林氏

今回は「壁の壊し方」をテーマに語っていただきましたが、それぞれの「外」としての立場から学びや気付きがありました。地域活性のためには、大学の機能が広く求められています。ハブとなる中核大学は、より多くの機能を備えていかなければなりません。しかしそれに対応する仕組みや準備が整っていないことが壁になっています。その壁を壊すには、田中さんの「民間のベンチャーキャピタルにはできないこと」、そして矢野さんがおっしゃったように「人とのつながり」「外に向かった見せ方」が必要です。壁を壊す、あるいは大学のドアを叩きやすくするためのヒントは産学連携学会にもたくさんあります。大学の機能強化は、魅力ある地域企業づくりに欠かせない要素です。そもそもドアなのか、さらにドアを外してしまうのがいいのかも、これから議論していく課題かもしれません。